14│2022年04月03日 復活前2 十字架の勝利

週 句 それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。
聖 書    マルコ8章29節
説 教 「転送不要、本人限定」高橋牧師
聖 書    マルコ14章27~31

「禁じられても響く音」
 2021年2月から、ミャンマーの方々に連帯して、金曜日の夜にZOOMを使ってつながった志を同じくする人たちとお祈りをし、草の根の支援をするという活動(アトゥトゥ=ビルマ語で「共に」)に参加してきました。今年の岡山の2.11集会には、その主宰である渡辺さゆり師をお招きし、講演をしていただきました。当教会では、最近数名の方がそれに応答して、礼拝後集まって一緒にお祈りをささげてくださるようになりました。ミャンマーで起こっていることは悲惨ですけれども、この課題を通して、教会で祈り合えるようになったことは、大変にうれしいことです。
 アトゥトゥの祈り会では、最後にみんなでポットバンキング(鍋叩き)をします。これは元々、邪気を払うというミャンマーの風習で、国軍の暴力と支配に対抗して、当地の人々が毎夜8時に行っていたものに連帯しているものです。現在のミャンマーでは、鍋を叩くと、それは国軍への反逆と見なされて逮捕されるそうです。だから、日本にいる私たちが代わりに鍋を叩いています。この音が鳴りやむことはないでしょう。アトゥトゥは、祈りを通して顔の見える支援をしています。だから日本にいる私たちはミャンマーの人々に力をいただき、ミャンマーの人々も日本の私たちに励まされますと言ってくださいます。
 ペトロは、大祭司の中庭で鶏の声を聞きました。「鶏が2度鳴く前に、あなたは3度私を知らないと言うだろう」という主イエスの言葉を思い出して、ペトロは泣きます。当時エルサレムの街では、鶏を飼うことは禁止されていました。イエス様の弟子だと表明することは、自らの身にも危険が及ぶと恐れたペトロでした。周囲の者たちもペトロを追い詰めました。しかしその時鶏は2度も鳴いたのです。ペトロはその声を聞いて、主の愛を知るのです。
 どんなに強大な人間の力が人々をおびえさせ、支配しようとしても、すべての者の解放者、救い主イエス様の与えてくださる自由を縛り抑えつけることはできないのです。