13│2022年03月27日 復活前3 主の変容

週 句 ペトロは・・・イエスが言われた言葉を思い出して、いきなり泣きだした。
聖 書    マルコ14章72節
説 教 「転送不要、本人限定」 高橋牧師
聖 書    マルコ14章27~31

「弟子たちがつまずいたこと」
 本日の箇所で真っ先に目につくのは、ペトロが繰り返し強い口調で「わたしはつまずきません」、主に従いますと主張していることです。よく読むと、それはペトロだけでなく、弟子たち皆の考えでした(31節)。つまり、この場面で起こったことを端的に言えば、弟子のリーダーであったペトロをはじめ、イエス様の弟子全員がイエス様のおっしゃることをよく聞かなかったし、それどころか、強い口調で否定したということです。
 イエス様のおっしゃったことは、十字架と復活、散らされた先、辺境のガリラヤへ行くこと、そして鶏で有名なペトロの否みのことでした。そのいずれについても、弟子たちは受け入れず、強く拒否したのです。わが主であるイエス様をその心から追い出してしまったのです。
 ところで「拒否」というと、私の専門分野から連想されることは、死の受容の第1段階です。これはかつてイギリスのキューブラー=ロスという学者が表した「死の5段階」、文字通り、人が死を受容していくのにどういうプロセスをたどっていくかというモデルの第一段階です。近年では、このモデルがビジネスの世界などでも、長く続いてきたシステムや組織が変わっていく時などに、人の心に起こり得る過程として使われているそうです。変化を前にすると、人は、最初はそれを受け入れず①否定し、それが起こった要因に対して②怒り、抵抗を試みて③取り引きしようとし(死の問題では、ここで人が神様に祈ったり、敬虔になったりします)、受け入れざるを得ないと④諦め、それを超えるとようやく⑤受容できると言われます(もちろん、そんなに順調に段階を踏むとは限りませんが)。
 時代の変化の荒波の中で、世界中が揺り動かされています。私などは、いつでも安定した場所にしがみついていたいような気持ちがします。しかし、主は十字架のみもとに復活があり、「ガリラヤ」に私たちの真の居場所があると言われるのです。私たちの人生の糧を大切にし、そして、隣人とも命の喜びを分かち合って、前へ向かって進んでいくために、私たちは今日も主イエスの言葉に耳を傾けるのです。