28│2021年07月11日 聖霊降08 生活の刷新

週句 憐れみは裁きに打ち勝つのです。
   ヤコブの手紙2章13
説 教 「驚きを取り戻せ」牧師:高橋周也
   マタイ7章15~29節

 本日の聖書箇所は、いわゆる「山上の説教」(5~7章)のまとめにあたる部分です。群衆はこれらの教えに非常に驚きました(28節)。律法学者のようにではなく、「権威」ある者としてお教えになったからでした(29節)。ここで言う「権威」とは、現代の日本語で言えば「著作権」に近いイメージを持ったことばです。イエス様は言葉と行いを通して、その死と復活によって、全世界全人類の創造主(=「著者なる神様」)を証してくださいました。「律法学者」のように誰かがつけた肩書によってではなく、イエス様のお姿、存在そのものが語りかけた言葉だから、「山上の説教」の言葉(「心の貧しい人々は幸いである」にはじまる8つの祝福、「あなたがたは地の塩である。世の光である」、「主の祈り」など・・)には、現代の私たちにも読むごとに何かを語りかけてくれる不思議な力があるのです。直接「山上の説教」を聞いた人々にとっても、非常な驚きでした。その驚きは、群衆を神様に出会わせ、人々がイエス様に従いゆく歩みの始まりとなるのです。
 物書きや作品づくりをする人は、誰でもその書き物や作品に対して、少なからぬ思いを込めます。ましてや神様が人間に対して持っているこだわりは相当に大きいのです。
 さて、今年の春以降に取り上げてきた他の「山上の説教」の箇所に比べて、一見すると今日のところには「驚き」が少ないように思えます。もしも茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れたのなら、「奇跡だ!」と言って驚くでしょう。あるいは普通に考えても「良い木」には「良い実」がなるだろうし、その逆も然りです。そうした因果応報のような話であれば、驚きはありません。しかし、十字架のイエス様と共に「岩」に立つ時、今日の箇所は私たちにとって非常な驚きとなって響いてくるのです。