36│2020年08月30日 聖霊降臨14 霊に従う生き方

週    句

彼は傷ついた葦を折ることなく暗くなっていく灯心を消すこともない。
イザヤ42:3
説  教  「霊に従う生き方」

出エジ34:4~9、ロマ7:1~6、ヨハ8:3~11、詩編87:1~7。

6章からの議論に続いて、律法から自由になるということをパウロは比喩を用いて語っています。が、この個所について大きな問題点を指摘しないまま通り過ぎることはできません。2~3節は、女性が男性に従属するという価値観に基づいており(「結婚した女」は田川訳では「男の下にある女」)、この個所を読む際には充分に注意を払わねばなりません。
聖書は人間という存在について、ありきたりな成功体験ではなく、失敗と過ちを繰り返しながら生きる姿として描き出しています。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)とのイエスの言葉に民衆がみな立ち去って行ったことはこの現実を端的に表しているかもしれません。今日の視点からするとパウロとて様々な問題を内包した存在であることは間違いありません。そのパウロが罪に支配された状態として「肉(サルクス)」という言葉をもって言い表しています。この「肉」に相対する存在として「霊」が挙げられています。神の子である主イエスが人間の罪深い現実の中に肉の姿を持って現れられ、そして十字架の死をもって人に罪が贖われていく。そして聖霊降臨の出来事において「霊」が人々に与えられ、そこからまた新しい働き、歩みが始められていきます。
私たちが自らの欠け破れに気づかされ、この私が赦され、新たにされ、そこからまた生かされていく恵みに与っていくということを知る時に、主の受難、復活、昇天、聖霊降臨の一つ一つの出来事が、自分にとっての出来事となっていきます。そして「“霊”に従う新しい生き方」で神に仕えていくものとされていくのです。「主よ、わたしたちの中にあって進んでください。確かにかたくなな民ですが、わたしたちをあなたの嗣業として受け入れてください」(出エジ34:9)とのモーセの言葉はわたしたちの祈りの言葉でもあります。
「礼拝と音楽」より