34│2020年08月16日 聖霊降臨12 信仰による勝利

週    句

いかに幸いなことか、主を神とする国、主が嗣業として、選ばれた民は。
詩編33:12
説  教  「信仰による勝利」

士師6:36~40、Ⅰヨハ5:1~5、ヨハ7:1~17、詩編146:1~10。

Ⅰヨハネにおいて、「勝つ」という言葉が散見されます。ここで使われている「勝つ(=勝利)」という語はヨハネの黙示録とⅠヨハネに顕著な語ですが、今日の箇所の少し前、2章と4章では「悪い者」「偽預言者」に勝ったという文脈で用いられています。「世に打ち勝つ勝利、それは私たちの信仰です」(5:4)との言葉から、当時の教会が置かれていた様々な状況、特に「打ち勝つ」ことを求めねばならない困難な状況を垣間見ることができますし、そのような状況の中でも、イエスをキリストと信じる信仰によって歩もうとした人々の姿など感じ取ることができます。
しかし、「勝つ」ということを語る際に、注意深くならねばならないと、常日頃考えています。私たちは「~に勝つ」「打ち勝たねばなりません」という言葉を約半年間聞いてきたことでしょう。しかしその「勝つ」ことが目指されていく中で、現実に今直面している苦難の上にさらに苦難を重ねられてしまった人たちの存在、それぞれの生きづらさの中に置かれてしまっているのにそれを他者から顧みられない人たちを思うものです。もし「勝つ」という勇ましい言葉の背後で小さくされた人たちの存在が蔑ろにされるのならば、「勝つ」ということは一体何なのだろうかと考えずにはいられません。
「わたしたちが神を愛し、その掟を守るときはいつも、神の子供たちを愛します」(5:2)と語られます。今日の状況や文脈に重ね合わせるならば、神の愛の眼差しの中にすべての生命が置かれていることを見出すことができるでしょう。「愛する者たち、互いに愛し合いましょう」(4:7)との教えも受けながら、造られた一つ一つの生命が互いに尊び合い、愛し合うことが進められていく。その中で、「世に打ち勝つ」ということの意味を私たちが知っていくのではないでしょうか。
「礼拝と音楽」より