10│2018年03月04日 復活前4 受難の予告

週    句

鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない。
ルカによる福音書 9:62
説  教    「神のこと/人間のこと」 :梅田 環

受難の予告
イザ48:1~8、Ⅱテモ1:8~14、マコ8:27~33、詩31:8~14。

「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。
マルコによる福音書 8:33

 イエスに対する世間の評判は「バプテスマのヨハネ、エリヤ、預言者」など、非常に好意的であり、肯定的です。イエスの内にある神的な力を認めているものでした。そこで、イエスは弟子たちに尋ねます。「あなたがたは、わたしを何者だと言うのか」。ペトロは即座に「メシア!」と答えました。これは、ペトロの信仰告白とも言える場面。彼の答えは正解であるとも言えます。しかし、その直後の彼の言動を見ると、彼の考える「メシア」と、イエスの生き方とにズレが生じていることが分かるでしょう。
 イエスは、ご自分のことを、ペトロの言う「メシア」とは思っていませんでした。「メシア」という言葉には、軍事的・支配的な意味合いが多分に含まれるからです。不正な支配を裁き、王や権力者を処罰し、自らが新しい王となって世を支配する権力者というイメージです。だからこそ、ペトロは、イエスの受難の予告の際、それはメシアにふさわしくない、とイエスを叱るのです。一見、すばらしい信仰告白をしたかのように思われるが、ペトロは目の前のイエスではなく、自分自身が思い描く理想のイエスを追い求めているのです。理想的なメシアは、苦しみを受け、殺されるはずなどない、まして、呪いの十字架で死んでよいはずはない、と、さらに、十字架で殺されるような者を「メシア」と呼ぶなど、神を冒涜することだと考えていた。
 わたしたちもまた、イエスはこうあって欲しいという理想像を押し付けてはいないだろうか。イエスは命じる。「サタンよ、引き下がれ」。ペトロの前に立ちふさがっているのはサタンなのだ。