09│2018年02月25日 復活前5  悪と戦うキリスト

週    句

キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。
ローマの信徒への手紙 5:8
説  教    「まず強い人を縛り上げ」 :梅田 環

悪と戦うキリスト
エレ2:1~13、エフェ6:10~20、マコ3:20~27、詩18:2~7。

まず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。
マルコによる福音書 3:27

 宣教を始めたイエスを捕らえに来たのが家族であったという記述は、衝撃的です。しかも、イエスを心配してのことではない。「取り押さえる」は律法学者たちがイエスを「捕らえた」と言う言葉と同じで、その行動にはイエスを排除したいという思い、殺意さえ窺えます。イエスに対してそれほど強い思いを抱いたのは、家族の目にイエスの生き方が「反家族的」に映ったからです。
 長子の務めを果たすどころか、「気が変になっている」と周囲に囁かれて、家族に迷惑をかけている。世間の規範に反するイエスを理解できない・受け入れられないという戸惑い、家族を混乱させていることへの怒り、周囲にどう思われているかという不安に駆られていたと、想像できます。家族を脅かす存在は排除しなければならない、それが家族としての世間に対する責務であると考え、イエスを取り押さえようとしたのです。
 イエスを十字架にかけた者たちも、イエスの家族と同じ思いでした。イエスの存在はユダヤ民族という家族を脅かすものでした。家族も信仰も家父長的モデルに縛られ、支配と隷属による関係を構築していました。この枠組みを揺さぶり、壊す者、規範を逸脱する者は排除されました。
 イエスは、そのような血肉の争いは滅びを招くもので、そこに救いはない、と語られます。あらゆるものは神の被造物、神の家族であり、そこに上下関係はない。しかし、一方が支配者、他方が奴隷となれば、家族として立ち行かないのです。