08│2018年02月18日 復活前6  荒れ野の誘惑

週    句

悪魔の働きを滅ぼすためにこそ、神の子が現われたのです。
ヨハネの手紙一 3:8b
説  教    今、手にしているものは :塚田正昭

荒れ野の誘惑
エレ31:27~34、ヘブ2:10~18、マコ1:12~15、詩91:1~13。

四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。
マルコによる福音書 1:13

 マルコ福音書には、他の福音書に記されているような、悪魔との対話は一切語られていません。荒れ野で40日間サタンから誘惑を受けている間、「野獣と共におり」、「天使たちが仕えていた」という記述があるだけです。が、この荒れ野での経験こそがイエスの宣教の中核を示しているのです。神の子イエスとサタン、天使と野獣、相反するものが、荒れ野で共生? イエスは、「荒れ野に神はおられない」と宣言するのでもなく、野獣を排除するのでもない。荒れ野に来て、そこに住まわれます。荒れ野は、不毛地帯、いのちを生み出さないし、育てもしない場所、死の場所なのに!
 わたしたちは、自分にとって不都合なもの、邪悪なものを荒れ野に追いやる。わたしたちが最も行きたくない、見たくない場所は、わたしたちの自己中心的な心の象徴かもしれません。その荒れ野にイエスはおられるのです。ここから出発されたイエスの歩みは、荒れ野に追いやられた人々と、荒れ野のような人々の心に寄り添うものでした。
 預言者イザヤは、救い主の誕生を預言する際、このように語りました。「狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す」と(イザ11:6)。荒れ野の野獣とはどんな存在なのでしょうか。わたしたちに危害を加えるもの、恐れを生じさせるもの、わたしたちが理解できないもの。共生など不可能だと決めつけているもの、わたしたちが価値のないものとして見捨てたもの。それらを、イエスは掬い上げ、ここに神が共にいるということを示されました。
 異なるものへの恐れを捨て、出会いを受けとめ、共生を実現しよう!