05│2018年01月28日 降誕節5  教えるキリスト

週    句

わたしたちは、あなたの深い憐れみのゆえに、伏して、嘆願の祈りをささげます。
ダニエル書 9:18
説  教   「聞く耳のある者は聞け」 :梅田 環

教えるキリスト
箴言2:1~9、Ⅰコリ2:6~10、マコ4:1~9、詩126:1~6

そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。

マルコによる福音書 4:9

 四種類の土地に蒔かれた種がどのように育つかと、イエスは語り出す。種播きの譬えを通して、あなたの心はどの心か、とイエスは問うているのだろうか。あるいは、わたしの心は種を成長させない固い土地のようなものです、と反省するよう促しているのだろうか。
 かつて、コンクリートのわずかな隙間から生えた大根が「ド根性大根」と呼ばれ、ニュースになり、その姿は多くの人に、喜び、希望、感動を与えた。よい土地で育つことができなかったにもかかわらず成長した野菜や花が、ニュースになったり、歌になったりする。それらは〈規格外〉と呼ばれるものだけど、外見など関係ない。人は、その中に隠されたいのちの神秘に気づいて、感動するのではないだろうか。困難な地でも生きるいのちの強さ、常識では計れないいのちの神秘が、タネの中には秘められており、その種がわたしたちにも蒔かれているのです。
 しかし、わたしたちの生きる世界では、種そのものが持つ力を信じない。否定する声の方が強い。昨今、〈自己肯定感〉を高めることの重要性があらゆるところで語られるのは、わたしたちがいかに自分自身を認めずに生きているかということの現れである。自分自身に対してだけでなく、他者に対しても同様である。しかし、神は種を蒔き続け、その種が成長するのを待っていてくださる。
 イエスが徹底的に愛と赦しに生きたのは、種が育たないと思われる頑なな心にも、神のいのちの種が与えられ、必ず芽を出し、成長する時が来ることを確信しておられたからではないだろうか。