46│2017年11月12日 降誕前7 神の民の選び アブラハム

週    句

今や、恵みの時、今こそ、救いの日。
コリントの信徒への手紙 二 6:2
説  教    ただひとりのかた  :片山 寛
(ルカによる福音書 11:1〜13)

神の民の選び/アブラハム
創15:1~18a、ヤコ2:14~26、マル12:18~27、詩105:1~15。

日が沈み、暗黒に覆われたころ、突然、煙を吐く炉と燃える松明(たいまつ)が二つに裂かれた動物の間を通り過ぎた。
創世記 15:17

 古代の人々は、得体の知れない諸霊(神的諸力)に取り巻かれ、脅かされて生きている、と信じて生きていました。それに対して、アブラムの神は、自らを名乗り、意志を知らせます。更に、土地取得の約束は何によって知れるのかとの問いに、契約締結の祭儀をなすことで、約束をしたわたし(神)を信じよ、と言います。わたしたちが、主の晩餐の式を通して、それを定めた主を信じることに通じます。
 獣を裂き、契約のしるしとして、その間を通るのは、契約を守らなければ、自らが裂かれるとの意味、と言われますが(エレ34:18)、獣が裂かれた様は、契約破棄と共に神との関係が破棄され、自ら——神との関係の中で生かされている自ら——の根拠を失う、それゆえに、命を失うということを表しているように思います。神と人は本来一体であるべきにもかかわらず、その関係を裂くことになる、との表現のように思うのです。
 神を裏切ったわたしたちが裂かれるべきところを、代りにキリストを遣わし、その身を裂くのですから、決して人を罰して終わりとするのではなく、神も痛みを覚える、そのような契約関係でした。
 アブラムが受けた約束が成就するのは、何世代も経た後ですが、それも神の計画で、苦難の中にあっても、約束の中に置かれているということは大きな支えだったでしょう。その神の導きは「驚くべき御業」として(詩105:2)語り継がれていきます。「主の僕アブラハムの子孫……主に選ばれた人々」に対し、アブラムを選び、その民を導き、贖い出した神だから、「主の御力を尋ね求め、御顔を求め」ましょう。