47│2019年11月17日 降誕前6 救いの約束/モーセ

週    句

わたしたちは、皆、キリストの裁きの座の前に、立たなければなりません。
コリントの信徒への手紙 二 5:10
説  教    引き上げられた者・モーセ:梅田 環

救いの約束/モーセ
出2:1~10、ヘブ3:1~6、ヨハ6:27~35、詩105:37~45。

……王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」
出エジプト記 2:10

 エジプトの地でのイスラエルの苦しみと、そして更に、降り掛かる困難(全男児の殺害=ジェノサイド)について語られた後、そのような状況のさなかに、モーセは生を受けたことが語られます。
 彼の立場は、世界の覇者である王国において、生存の危機に瀕している異民族イスラエルの中に生まれた新生児という著しく生存力に欠けるものです。言わば、弱さの極み、今にも失われてしまいそうな存在として、その姿を描き出された新生児は、それにもかかわらず、命をもちこたえることを、聖書は語ります。しかし、それは、一切、本人の業(わざ)の関与するところではありません。
 母は、苦労の末、その子の命を長らえさせ、できるだけの手配をして、川に流し、姉はその子を見守ろうとして、旅路に同行します。最終的に、この子は、ファラオの王女の手によって、「引き上げ」られます。この幼児の名前の由来ともなる彼女の行為「引き上げる(マーシャー)」には、「引く」と共に「導く」という意味もあります。マーシャーは、イスラエルの運命を担うことになる幼子を水から引き上げることであり、また、同時に、イスラエル自身の運命を導くことをも意味するのです。王国において、生存の危機に瀕している弱く小さい命は、抑圧されている母親、その娘、王命に背く王女、王権の支配下の女性たちによって、繋がれて行きます。
 抗い難い大きな力によって、守るべき命が脅かされ、人間の目には、生存し続ける可能性が著しく低いように思われるとき、それでもなお命が保たれ支えられ続ける可能性があることをこの物語は語ります。