39│2019年09月22日 聖霊16 十字架を背負う

週    句

わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。
詩編 103:2
説  教    「新しく創造される」   :梅田 環

十字架を背負う
サム下18:31~19:1、ガラ6:14~18、ルカ14:25~35、詩142:2~8。

割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。
ガラテアの信徒への手紙 6:16

 ガラテアの教会には、「割礼」に重きを置く人々が生まれていました。割礼を受け、ユダヤ教の求める律法遵守の姿勢を貫くことで、神の救いに与ろうという考えです。しかしながら、パウロにとっては、それは、キリストの十字架の福音の意味を無くさせてしまうものでした。それゆえ、パウロはそれと闘わなければなりませんでした。
 イエスの十字架と復活が、その人の上にどのような意味を持つのかということを、パウロは「この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対して、はりつけにされている」と表現しています。十字架が、人間の生にとって決定的な意味を持つことを「はりつけにする」と言い表すのです。
 十字架は、神の差し出す赦しを、イエス・キリストという形で、人間が受け取る場所です。人がどのような存在であったとしても、どのようなことをなしたとしても、なし得なかったとしても、人間のあり方に関わりなく、人は、十字架によって、神からの赦しを一方的に与えられています。パウロが、自分は、その十字架によって、「世」に対して、「はりつけ」にされたと言うとき、それは、パウロにとって、「世」の価値は意味のないものとなっていること、そして、パウロは、「世」の価値で生きてはいないことを伝えています。
 それゆえ、「世」の中で、軽蔑され、晒し者にされ、苦しい思いをすることもあります。パウロには、「世」の中で、評価されるものはなく、「十字架のほかに、誇るものが」何ひとつなかったのです。わたしたちも、十字架を背負う「新しく創造される」人の人生を生きたい!