38│2019年09月15日 聖霊15 神からの誉れ

週    句

わたしの兄弟であるこの最も小さい者のひとりにしたのはわたしにしてくれたことなのである。
マタイによる福音書 25:40
説  教  「今していることを続ける」 :梅田 環

神からの誉れ
箴25:2~7a、Ⅱコリ11:7~15、ルカ14:7~14、詩31:15~25。

わたしは今していることを、今後も続けるつもりです。それは、わたしたちと同様に誇れるようにと機会を狙っている者たちから、その機会を断ち切るためです。
コリントの信徒への手紙 二 11:12

 パウロは、コリントの教会では、「神の福音を無報酬で告げ知らせた」ことで、かえって教会から批判を受けてさえいたようです。なぜなら、コリントの教会は、パウロにとって、経済的支援を求められる教会ではなかったからです。パウロは、自分の困窮の際には、「マケドニア州から来た兄弟たち」に必要を満たしてもらっていますが、コリントの教会とはそうした関わりを持ちません。
 豊かな都市コリントの教会にはなくて、困難を生きる小さなマケドニア州の教会にはある、交わりの性質のゆえです。神において結びつけられた関係であれば、必要な時に必要なものを与えて欲しい、支えて欲しいと願うことができます。物怖じすることなく、他者の判断や評価をおもわんばかることなく、願い出ることができるものです。それは、人に対する行為ではなく、神に対する行為であるからです。けれども、神において結びつけられたはずの共同体が、そのような性質を失うことがあります。そこでは、支え支えられることは、人間の観点からの出来事になってしまいます。
 パウロは、コリントの教会に対して、「負担をかけない」ことで、この教会が、神の前での交わりを取り戻すことを願っています。
 「誰に」対してやった、とか、「誰が」やったとかいう、教会共同体の特定の個人に帰する行動ではなく、神に結ばれた人間として教会共同体に連なる者の交わりが、教会で、ブロックで、地方連合で、連盟で、どのようなされているかを振り返ってみましょう。