35│2019年08月25日 聖霊12 主の来臨に備える

週    句

いかに幸いなことか、主を神とする国、主が嗣業として選ばれた民は。
詩編 33:12
説  教  「生けるまことの神に仕える」:梅田 環

主の来臨に備える
エゼ12:21~28、Ⅰテサ1:1~10、ルカ12:35~48、詩121:1~8。

どのように生けるまことの神に仕えるようになったか、更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望む……
テサロニケの信徒への手紙 一 1:9〜10

 困難が続く日常なのに、他者に対して寛容であり続け、自らの将来に希望を持ち続けることは、常人には到底なし得ないことです。ところが、テサロケには、そのような人がたくさんいたようです。パウロは「あなたがた一同のことを、いつも神に感謝しています」と書き始めるこの手紙の中で、テサロニケの教会の人々のありようをあたたかい眼差しで描き出します。「信仰によって働き、愛のために労苦し」「主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐している」と言われるテサロニケの教会は、「ひどい苦しみの中で、聖霊による喜びを持って御言葉を受け入れた」教会でもあります。
 地上の歩みが決して順調ではないところに生まれたこの教会は、それにも関わらず、喜びと愛に満ちた姿で存在し、「信仰が至るところで伝えられる」ものとなっていました。それは、テサロニケの教会に強固な信念に立つ人々ばかりが集っていたからではなく、この教会が、「御子が天から来られるのを待ち望む」ことで、自分たちの地上の時間を神の時間としっかり結びつけていたからです。
 神の時間と結びつけられることで、地上の生の困難は、神の与える希望の前に、克服されます。預言者エゼキエルは「日々は長引くが、幻は全て消え失せる」という言説が蔓延し、日常の中に救いの希望が擦り切れてしまった時代に、神の言葉は「もはや引き伸ばされず、実現する」と、宣言しました。そして、捕囚の日々の困難の中でなお、イスラエル民を神の希望のもとに結びつけました。
 わたしたちも、時代の困難の中で、希望を神の時間に繋ごう。