34│2019年08月18日 聖霊11 隣   人

週    句

すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。
ルカによる福音書 12:48
説  教    「共に喜び、共に泣く」  :梅田 環

隣   人
出22:20~26、ロマ12:9~21、ルカ10:25~42、詩122:1~9。

喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人と交わりなさい。……
ローマの信徒への手紙 12:15〜16

 神に受け入れられるであろう人の生き方がどのようなものなのか、また、人は神の前でどのように生きればいいのか。その答えは極めて単純です。使徒パウロは、手紙の中で、「愛」を生きることについて、語ります。それは、共同体の中で、互いに尊重し、他者をもてなし、自分を苦しめる者のために祝福を祈ることです。パウロが命じる数々の行いは、毎日の生活に極めて密着しています。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」。「高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい」。それらは決して特別な人生のシーンで起こることではなく、人が日常で出会うことです。
 そして、パウロは、こうした具体的な行動を向ける相手を「互いに」「相手を」「すべての人と」「すべての人を」という言葉で表現しています。この指示を実践しようとする「あなたがた」にとって、愛を行う相手は「互い」であり、「すべての人」ですから、常に愛の行いは双方向です。
 隣人とは誰か、と問われたイエスは、律法の専門家に、追いはぎに襲われた人のたとえを語り、祭司やレビ人が素通りするところ、通常ユダヤ人が関係を持つことのないサマリヤ人がこの人を助けたと言います。イエスは、「だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか」と結びます。
 聖書が教えるのは、隣人とはだれであるかを定義するものではなく、誰かへの愛の実践の結果として、隣人に「なる」ものであるということです。その双方向の関係を生きることが人のいのちの姿です。