24│2019年06月09日 聖霊1 聖霊の賜物

週    句

武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。
ゼカリヤ書 4:6
説  教    「舌が一人一人の上に」 :梅田 環

聖霊の賜物
創11:1~9、使2:1~11、ルカ11:1~13、詩146:1~10。

突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
使徒言行録 2:2〜3

 教会がどのように生まれたかを伝えるときに、聖書は、「一同が」「一つ」になっていること、人が、共通の願いを持って、一致していることを前提としています。しかし、続いて、「分かれ分かれ」「一人一人」に「舌」が与えられるとあり、人間の集団が「舌」を与えられるのは、その集団の中の個別、固有の存在に対してである、と言います。固有の存在、個別の存在が、神の霊を経験し、その「倍音」から何を聞き取るかは、それぞれの個体において異なっているものなのです。
 そのような経験を外側から言い表しているのが「あらゆる国から帰って来た」人々が「だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった」という表現でしょう。一つの霊を経験して、人は固有の音を聞き取ります。その人にとって、もっとも聖なる音、もっとも宗教的な、もっとも慰めと癒しを与えられる音において、神の霊を体験します。そして、それを伝えようとする時には、「一人一人」異なる多様な仕方で表現される(「ほかの国の言葉」)ことを聖書は保証しています。それは、つまり、そのような形で霊を経験した者、なんらかの「倍音」を耳にしたものは誰でも、その経験を、人とは違う、「別の言葉」で、語り始めることへと、招かれるということです。
 一同が「一つになって」いるところに「分かれ分かれ」に舌が与えられる、と描き出されるペンテコステの物語は、教会に連なる者ひとり一人に、自分の言葉でその経験を言い表す自由と責任を確認させてくれます。