18│2019年04月28日 復活2 復活顕現一

週    句

神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、生き生きとした希望を与えてくださった。
ペトロの手紙 一 1:3
説  教    「栄光に入る」    :梅田 環

復活顕現 1
列下7:1~16、黙19:6~9、ルカ24:13~35、詩16:1~11。

メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。
ルカによる福音書 24:26

 「復活」の使信を受けとめきれない弟子たちが、混乱のエルサレムをぬけだそうとします。その道に、復活のイエスが伴い、それがイエスであると認識できない弟子たちに、問い掛けます。「その話しは何のことですか」。
 その問いは、弟子たちにとって、自分が経験したことを振り返り、回想させることになりました。ナザレのイエスへの期待、その十字架での死、遺体を見つけられなかった女性たちに与えられた「イエスは生きておられる」との天使の言葉までを、弟子たちは振り返り語ります。今、立っている場所から、出来事の起こるスタート地点へと、イエスの問いは、弟子たちを連れて行くことになるのです。
 そして、スタートから、もう一度、イエスは弟子たちと共に歩み、弟子たちがその出来事に生きることができるようにします。イエスがかける言葉は、「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」という問いかけです。既に知っているはずのこと、聞いているはずのことを、信じることができずに逃亡する弟子たちに、イエスは聖書の初めから全体にわたって、解き明かします。その道の終わりに、イエスはパンを裂き、その分ち合いの中で、弟子たちは復活の希望に生きることができるようになります。
 エマオへ行く途中のその道は、やり直しの道です。失敗し、逃げ出すその道を、復活のイエスは共に歩んでくれます。聖書の解き明かしとパンの分ち合いを通して、人が復活の希望に生きることができるようになる。わたしたちにとっての礼拝行為はこの「やり直しの道」。