27│2018年07月01日 聖霊降臨7 パン種に注意せよ

週    句

あなたがたは恵みにより、信仰によって救われました。このことは、神の賜物です。
エフェソの信徒への手紙 2:8
説  教    「愛の実践を伴う信仰こそ大切です」 :梅田 環

パン種に注意せよ
エレ23:23~32、ガラ5:2~11、マル8:14~21、詩52:3~9。

キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。
ガラテアの信徒への手紙 5:6

 人々がいつもしるしを求めることに、パウロは怒り、イエスはあきれる。人は常に「どうすれば、認めてもらえるか」との問いを抱く。ガラテア書では、信仰のしるしとしての割礼が問題になっている。割礼を受けなければ神に認められないという声に、不安になり、揺らぎ、それを求めてしまったガラテアの人々は、これまで、出自を理由に、神の救いの外にいる、と言われて来た。パウロが語る福音は、そのような差別的な信仰観から解放した。しかし、次第に、〈それでよいのか〉というささやき声が彼らの心の中で膨れ上がり、〈これではダメだ〉という声に支配されるに至ったのではないか。
 わたしたちを否定したり、不安にさせたりする声は、たとえ小さなものでも、少しずつ大きくなり、わたしたちの心の大部分を占めてしまう。それを「パン種」と聖書は言う。しかし、イエスはそのようなパン種ではなく、愛のパン種を心に蒔いてくださっている。
 イエスは、周囲の人々が期待するような、大々的な社会変革を起こしたわけではない。一人ひとりとの出会い、関わりという人の目には小さいと思われる事柄ばかりがなされた。イエスは、この小さな愛の業こそ大切であり、小さな種蒔きがどれほどの喜びと救いを与えることになるのかと言うことを弟子たちに教えている。
 パウロもまた、信仰は形ではなく、「愛の実践を伴う信仰こそ」わたしたちが身につけるべきことで、その小さな種蒔きを行うことが、イエスに従うことだと教えている。わたしたちが行うべきは、自己を誇示することではなく、受けた愛を隣人に示すことであろう。